![]() M1911(1912年頃のモデル) | |
概要 | |
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種類 | 軍用自動拳銃 |
製造国 |
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設計・製造 | コルト・ファイヤーアームズ社ほか多数 |
性能 | |
口径 | .45 |
銃身長 | 127mm |
使用弾薬 | .45ACP弾 |
装弾数 | 7+1発 |
作動方式 |
シングルアクション ティルトバレル式ショートリコイル |
全長 | 216mm |
重量 | 1,130g |
M1911は、ジョン・ブローニングの設計に基づき、アメリカ合衆国のコルト・ファイヤーアームズ(コルト)社が開発した軍用自動拳銃である。1911年の制式採用から1985年までの長期間、アメリカ軍の制式拳銃として第一次世界大戦、第二次世界大戦、朝鮮戦争、そしてベトナム戦争で用いられた。
「コルト・ガバメント(Colt Government)」の通称でも知られており、民間向けモデルの1つ「ガバメント・モデル(官給型)」に由来する。本国アメリカでは、ナインティーン・イレブンと呼称されることが多い。兵士の間では「ハンド・キャノン」の愛称で呼ばれたこともある[1]。
1911年3月29日にアメリカ軍に制式採用され、軍用拳銃としての制式名称「M1911」、のちに1926年に改良が加えられたものは「M1911A1」と名付けられた。1985年にベレッタM9が制式採用されるまで、実に70年以上にわたってアメリカ軍の制式拳銃であった。ベレッタM9が後継になり制式を解かれた後も、改良を加えたM1911と部品の一部を新品に交換した物が一部の特殊部隊と海軍で使用され続けている。銃の使用年数を加算すると100年を超え、一部はアメリカ軍に配備されてから90-100年以上も使用されているものもある。
戦時中にはコルト社以外にも様々なメーカーが軍に納入するためのM1911を製造し、細部や刻印が異なるバリエーションが数多く存在する。例えば軍用M1911のグリップの材質は、製造メーカーや製造時期によってベークライト製のものやウォールナット製のものなどがある。
軍からの「1発でも、敵の動きを止められるだけの威力がほしい」という要望に基づき、ジョン・ブローニングが考案した、.45ACP(.45Auto Colt Pistol)という大口径弾を使用するM1911は、そのストッピング・パワーの高さから信頼された。軍用のM1911およびM1911A1の口径は.45ACP、装弾数はシングル・カラム・マガジンによる7+1発であるが、その後の民間でのバリエーション展開によって9x19mmパラベラム弾や.40S&W弾など各種の弾薬に対応したバージョンが生まれた。競技用にはパワフルかつフラットな弾道の.38スーパーの人気が高い。
写真のように、本銃はスライドが後退する際に銃身の後端がわずかに下降するため、銃口が水平よりわずかに上を向く。これはティルトバレル式ショートリコイル機構(写真参照)といって現代の自動拳銃に広く用いられる機構だが、本銃がその元祖であり、20世紀における世界各国の自動拳銃開発に対し、非常に大きな影響を与えた。
誕生以来大半のパーツの設計がほとんど変わっていないため、非常に豊富なカスタムパーツが存在し、使用者の好みに合わせてカスタムしやすい銃である。現在もM1911を称する拳銃を多数のメーカーやカスタムショップが製造しており、そのバリエーションは把握できないほど増え続けている。同様にグリップも様々なものが作られており、ラバー製やアルミ製、中には象牙などの高価な素材で作られたものまで販売されており、専門のコレクターまで存在している。
大きな特徴として、ハンマーをコックした状態でもかけられるサムセーフティが左側に備えられ、そして握った時親指と人差し指の股が当たる部分に安全装置(グリップセーフティ)があり、これをしっかり握り込まないと撃てない仕組みになっている。カスタム品の中にはグリップセーフティを敢えて外した物も存在する。
19世紀当時、アメリカ軍ではコルト製のM1892という.38口径の回転式拳銃を使用していた。しかし、1898年の米西戦争中にフィリピンで起きた先住民モロ族との衝突の折、蛮刀を振るって突進し森林戦をしかけてくる先住民に対し、.38ロングコルト弾ではストッピングパワーの不足が指摘されるようになった。アメリカ軍はこの戦訓から、拳銃弾でも一発で相手を行動不能にできる威力の高い弾丸として、より大型の.45口径弾を採用することを考え、これと同時にリボルバーより素早い連射が可能となる自動拳銃が求められるようになった。
同じ頃、アメリカ人銃器設計者のジョン・ブローニングが自動拳銃の開発に成功する。この銃は、コルト社により.38口径の「コルトM1900」として市販化され、いくつかの派生型が生産された。可動バレルとバレル全長を覆う重いスライドで反動に対処するブローニング式のショートリコイル機構は完成度の高いシステムであり、以後自動拳銃の決定的なシステムとして枚挙に暇のないほどの追従モデルを生んだ。また、リボルバー用.45口径弾を短縮・リムレス化した設計の.45ACP弾が開発されたことで、大口径の自動拳銃が現実のものとなった。
1905年、M1900シリーズをベースとし.45ACP弾を用いる大型拳銃「M1905」が開発された。これを元に、M1905の5インチ銃身型にグリップセイフティを追加したモデルが試作され、スライドとフレームの構造を変更して強度を向上させ、銃身のロッキング機構を変更した"M1909"、更にグリップの角度を変更した"M1910"が開発され、最終的にはM1910にマニュアルセイフティを追加したモデルが1911年に"M1911"としてアメリカ軍に制式採用される。
M1911は、第一次世界大戦では供給が間に合わず全軍配備には至らなかったが、威力の高さといかなる状況でも作動する信頼性から、その評判は上々であった。
第一次大戦での実戦データから、1927年からは改良型のM1911A1に生産が移行した。従来型のM1911とはトリガー長の違い(A1の方が短い)、トリガー後方のフレームに追加された面取り加工、グリップ後端下部に位置するメインスプリングハウジングの形状(膨らんだ形状に変更)、フロントサイトの形状(M1911は単純な円弧形状、A1では後面に直線状の斜面を追加)、ハンマー直下のグリップセーフティの形状で見分けられる。グリップセーフティについては、前線で戦っている兵士が本銃を使用した際、親指と人差し指の付け根の部分がハンマーとグリップセーフティの間に挟まり怪我をしたため(ハンマーバイトという)、グリップセーフティの後端を延長するよう進言したことによるという。これらの改良が行われた後もまだ全軍に行き渡るには至らなかった為、コルト製及びスミス&ウェッソン製の民間向け大型回転式拳銃をM1911A1と同じ.45ACP弾に対応させたM1917リボルバーが開発され、不足分の穴埋めが行われた。
第二次世界大戦中は、コルト社、スプリングフィールド造兵廠の他、レミントンランド(銃器会社のレミントン・アームズではなく、タイプライターなどで知られる印刷機器会社)、シンガー、イサカ・ライフル、ユニオン・スイッチ・アンド・シグナルなど、様々な機械系メーカーで臨時生産されていた。M1911A1の製造数で言えばコルト製よりもレミントンランド製の方が多い。なお、アメリカ軍はこれ以降新規に発注を行っておらず、戦後は全て部品の入れ替えなどによる旧品の維持で対応されたが、1985年にベレッタM9が新たに制式採用となるまでアメリカ軍の制式採用銃であり続けた。一部の部隊では現在もベレッタM9ではなく、M1911ベースの.45口径拳銃を使っている。
日本では、戦後発足した自衛隊が、アメリカ軍より供与されていたM1911A1を11.4mm拳銃の名称で使用していた[2]。供与されたM1911A1はコルト純正ではなく、大戦中に大量生産されたレミントンランド社製やシンガー社製の物が多数を占めていた[2][信頼性要検証]。11.4mm拳銃は、主に上級指揮官、迫撃砲の砲手、戦車搭乗員に支給された[2]。1982年にザウエル&ゾーン社のSIG SAUER P220を9mm拳銃として採用するまでの、約20-30年に渡って使用された。結果として自衛隊の拳銃は現在に至るまでも外国製が採用されており、小銃については64式7.62mm小銃や89式5.56mm小銃といった国産銃が採用されたのとは対照的である[2]。
日本の警察にも戦後にアメリカ軍からM1917リボルバーやミリタリー&ポリス等の回転式拳銃と共に軍の余剰分が供与された。1950年に全警察官に拳銃の支給が完了した時点で、供与された拳銃の101,770丁のうちM1911は14,160丁であった。当時の日本の警察は、国家地方警察および自治体警察に分かれていたが、M1911はすべて自治体警察に配分された。後に各地で自治体警察の廃止が進むにつれて国家地方警察に移管され、1954年の警察法改正によって現在の警察制度となって以降は各都道府県警察に移管された。しかし、45口径の拳銃は当時の日本人にとっては重く反動が大きかったため好まれず、特に自動式拳銃であるM1911は、構造の複雑さからくる取り扱いの難しさや老朽化から暴発などの事故が多かった。そのため早期に退役が進み、38口径の回転式拳銃に置き換えが進められたが、普段は拳銃を携帯しない上級警察官や職種を中心に1990年代まで支給されていた。例えば1972年に起こったあさま山荘事件において長野県警機動隊がM1911A1を使用していた。
制式を外れたあとも民間用の拳銃としての人気は高く、護身用銃・競技銃として広く用いられている。アメリカでは最も有名な拳銃であり、コルト社のパテントが失効した現在では各社からガバメントモデル、M1911ベースのカスタムガンなどが発売されている。特に競技用の銃としては、カスタムパーツが多数出ているため細かいニーズに応じられる、前時代的な金属フレームのため個人でカスタムしやすい(新素材のポリマーフレームは、専用の設備がなければ切削加工などが困難)、大量かつ長期間にわたり生産されたため、中古の個体が多く価格が安定している、銃自体に重量があるため(現代人の体格が本銃の開発・採用当時よりも向上したこともあり)体感する反動が比較的軽いなどといった理由から、カスタマイズのベースとされやすい。また、.38スーパーモデルも、IPSCのように威力でクラス分けされるような大会の高威力クラス用にリロードすると、コンペンセイターを効かせやすいという理由から競技用ベースとして取り上げられる事も多い。ビル・ウィルソンが興した「ウィルソン社」で作られ、ロバート・レイサム、ブライアン・イーノスの二人のシューターに愛用された「ウィルソンLE」はよく知られる。
近年の小口径・多弾装化の波により一時人気が下がり、複列弾倉を採用したハイキャパシティ(ハイキャパ)と呼ばれるモデルも出現したが、アメリカが民間銃の装弾上限を10発に規制したため、再びシングルカラムモデルの人気が上がっている(しかし、時限法律であったため既に現在は失効し、一部の州を除いて装弾数制限はなくなった)。
アメリカ合衆国以外では軍用として採用されることは少なかったが、長年アメリカ軍の顔であったM1911A1は、アメリカ人にとって最も馴染み深い拳銃であり、その主力弾薬である.45ACP弾は、9mm弾などが主流となっている多くの諸外国に比べても非常に普及している。そのため、米国市場を想定した拳銃の開発において「M1911A1に近い操作系統やグリップアングルにする」「.45ACP対応モデルを作る」など、M1911シリーズを意識した方針を重要視する他社・他国の銃器メーカーは少なくない。
海兵隊遠征隊(Marine Expeditionary Unit)などのようにいまだにM1911系の拳銃を使用する軍部隊もあり、その名を冠したMEU(SOC)ピストルが納入されている。これは、モスボールされていたM1911A1のフレームに、スプリングフィールド・アーモリーやキャスピアンのスライドを載せ、新規のパーツで組み立てたものである。2012年からはMEUSOCピストルの更に後継として、やはりコルト社製のM45A1 CQBP(Close Quarters Battle Pistol―接近戦用拳銃)が採用されている。これは現代の拳銃に相応しく、左右どちらの手でも撃てるようにアンビセフティになっているなど古品の再生ではなく完全に新規で製造されたものであり、M1911シリーズが再び正式に採用されることとなった。コルト社のCEOは「101年の時を越えて米軍に再び1911ピストルが導入されるのは何よりも優秀な証拠である」と発表している[3]。
製品特許が1986年に保護期限切れで失効して以後、各社がこぞってガバメントモデルを製作している。スミス&ウェッソン、スプリングフィールド・アーモリー、ウィルソンなどが代表的なメーカーである。STIとSV、パラ・オードナンスは、多弾装モデルで有名なメーカーで、キンバー社製のものはロサンゼルス市警察SWATに採用されたことでも知られる。ちなみに、本国アメリカでは一般的に、ガバメントモデルのコピーモデルを「ナインティーン・イレブン(1911)」と呼ぶ。
上記の他にも、トンプソンの製造元であるアメリカのオートオードナンス社や、米軍からM1911を鹵獲した北朝鮮[要出典]、ベトナム[4]などでもコピー生産が行われた。