アメリカ陸軍のM270A1 MLRS | |
基礎データ | |
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全長 | 7.06m |
全幅 | 2.97m |
全高 | 2.6m |
重量 | 24.756t |
乗員数 | 3名 |
装甲・武装 | |
主武装 |
227mmロケット弾12連装発射機 (再装填時間:8分) |
機動力 | |
速度 | 64km/h |
エンジン |
Cummins VTA903 4ストロークV型8気筒水冷ターボチャージド・ディーゼル 500hp |
懸架・駆動 |
全電気操作式 交差ドライブ・ターボ変速機 |
行動距離 | 480km |
多連装ロケットシステム(たれんそうロケットシステム、Multiple Launch Rocket System=MLRS)は、長射程の阻止砲撃用としてアメリカ陸軍が開発した多連装ロケット砲である。主にMLRSと呼ばれる。アメリカ軍の制式名称はM270。
アメリカ以外では計画参加国に加え、日本や韓国、イスラエルなど13ヶ国で採用され、1,300輌以上が生産・運用されている。
冷戦下、戦車などの戦闘車輌の数で勝るソビエト連邦などの東側諸国に対抗するため、従来の長射程榴弾砲よりも広範囲の面積を一度に制圧できる長射程の火力支援兵器を目指して、M110 203mm自走榴弾砲の後継として開発を開始した。
1971年にアメリカ陸軍が研究を始め、1976年に、ボーイング社やLTV社などの5社に対して開発提案が出され、1978年に自走発射機の試作車が完成。1980年4月にLTV社の案が選定され、開発途中からイギリス、イタリア、西ドイツ、フランスが参加し、1982年に最初の量産車が完成した。
なお、当システムの指揮装置を搭載した指揮車両として、またM577/M1068 コマンドポストの後継として、自走発射機の車体コンポーネントを流用し、ロケット弾発射機の代わりに装甲化キャビンを搭載した移動指揮車両と、これと車体とキャビンを共用した野戦救急搬送/医療処置車(Armored Treatment and Transport Vehicle (ATTV)の開発計画が進められていたが、いずれも試作段階に終わった。
MLRSの一個大隊は、指揮装置・自走発射機(複数、陸上自衛隊では18両)・弾薬車などで構成されている。
自走発射機は、M2ブラッドレー歩兵戦闘車のアルミ合金製車体をベースに開発され、車体前部には装甲が施され3名の乗員(右から車長・砲手・操縦士[1])が乗車するキャビンがある。窓には、発射時の噴射炎や弾片・小口径弾から保護する装甲ルーバーが備わっており、キャビンは発射時の有毒ガスの侵入を避けると同時に、NBC兵器防護のための気密構造になっている。砲手席にFCS(射撃管制装置)コントロール・パネルがあり、これを操作する事で装填モジュールの発射角度や、信管の設定を行う。キャビンの後部と下に動力系がある。
車体後部には、M26ロケット弾なら6発、ATACMSなら1発を収容し発射筒を兼ねるグラスファイバー製のLP(Launch Pod)と呼ばれるコンテナを2つ収める箱型の旋回発射機を搭載している。このランチ・ポッドはロケット弾搭載型なら円筒形のロケット弾発射筒6本が内蔵されており、アルミフレームで支えられている。発射時の車体安定化のための支えは備えない。
ロケット弾の発射間隔は約4.5秒で、全弾発射後はコンテナを入れ替えて再び発射可能となる。数種類あるこのロケット弾の弾頭の多くは、クラスター爆弾のように高度1,000m程でキャニスターが小爆発によって分解し、中の多数の子爆弾を地上にばら撒く。これらの子爆弾の爆発によって200m×100m程度の範囲の保護されていない兵員や軟装甲の車輌を一度に殺傷・破壊する能力を持つ。MLRSはロケット弾なら12発、ATACMSなら2発が発射可能で2種は混載できない。
1両のMLRSで投射される弾量はロケット弾12発で約1,600kgとされる。旋回発射機には迅速な再装填を可能とするクレーンが内蔵されているほか、ランチャー上にホイストが内蔵されており、コンテナの交換に3分、第一波攻撃から第二波攻撃には8分かかる[1]。
実戦や試験などを重ねるうちに、以下のような運用上の制約が報告されている。
上記の短所のうち2-4までは多連装ロケットランチャーの特性上どの種類にも多かれ少なかれ付きまとう欠点である。特にアメリカ軍にとっては5の「空輸には大型輸送機が必要」であるという点は、海兵隊や空挺部隊などの緊急展開部隊へ大火力を提供するのに不利な要素であることから、より軽量かつ小回りの利く運用が可能なように、FMTV (中型戦術車輌ファミリー)5トントラック6輪駆動タイプの車体にMLRS用ロケット弾発射機を搭載しC-130 ハーキュリーズ/C-130J スーパーハーキュリーズでも空輸可能なM142 HIMARS(High Mobility Artillery Rocket System = 高機動ロケット砲システム)を新たに開発した。
上記の課題も踏まえ、現在でも射撃管制装置などのシステムの近代化が進められている。IFCSやILMSのアップグレードがそれであり、このアップグレードを受けたM270をM270A1と呼ぶ。IFCSの導入は電子機器や航法装置を改善し、運用および維持のコストダウンに成功した。ILMSの導入も顕著な効果があり、照準や再装填の時間短縮に繋がっている[2]。
GPSによる誘導装置を内蔵した新型ロケット弾はM31としてアメリカ軍に制式化され、GPS誘導に対応したMLRSはGMLRSとも呼ばれる。
The M270システムは各種のロケットとミサイルを含むMFOM(MLRS Family Of Munition rockets and artillery missiles)と呼ばれる兵器群を発射できる。これらはアメリカと一部はドイツで製造されている。最末尾のAT2がドイツ製で残りはすべてアメリカ製である。
1982年からアメリカ陸軍への配備が開始され、以降NATO各国や西側諸国へ配備が開始された。
湾岸戦争において、米・英軍が200両近くのMLRSを実戦に投入し、絶大な破壊力を見せ付けた。ロケット弾の一斉射撃をイラク軍は「鋼鉄の雨(スチール・レイン)」と恐れ、これが数多くのイラク軍兵士の投降に繋がったとされている。イラク戦争においても投入された。一方で、クラスター弾禁止条約に批准した国々では退役もしくは、条約に抵触しない弾頭への換装が行われた。
2022年7月15日ウクライナのオレクシー・レズニコフ国防相はSNSへの投稿で「最初のMLRS M270が到着した。先月より米国から提供されている高機動ロケット砲システムM142ハイマースの良き供になるだろう」とした。提供国は明らかにしていない[5]。
日本では、1992年から陸上自衛隊の方面隊直属の特科団・方面特科隊の特科大隊に配備が進められた。公募愛称は「マルス」だが、「多連装」の通称があるといわれる。調達は2004年に終了し、教育部隊では特科教導隊に1個中隊、実戦部隊では特科団に3個大隊、方面特科隊に1個大隊ずつの計5個大隊(3個中隊基幹)に配備された。
日産自動車宇宙航空事業部(現在のIHIエアロスペース)が車両のライセンス生産を行ない、情報処理装置を東芝が開発した。
防衛省は、「敵侵攻部隊が日本に侵攻するには上陸作戦を実施せねばならず、侵攻部隊は洋上において航空自衛隊、及び海上自衛隊が迎え撃ち、これを阻止する」と考え、敵侵攻部隊による日本本土への上陸作戦を最終防衛線としている。MLRSは、敵が上陸作戦を実施している浜辺へ、山陰や後方の陣地などから射撃を行なって制圧するための装備とされている。なお、ロケット弾が当初のクラスター弾からGPS誘導ロケット弾へ変更(後述)されたため、本来の目的に加えて"輸送艦に艦載し、洋上から敵上陸部隊・占領する敵部隊への精密射撃"、"上陸を企む沖合の艦艇・上陸用舟艇の排除"という目的が追加された。訓練上ではあるが、2014年の「鎮西26」演習では、海上自衛隊のおおすみ型輸送艦の甲板上で模擬射撃訓練が行われたり[6]、2016年の富士総合火力演習では地対艦ミサイルと協同して沖合の敵艦艇の排除を行うデモストレーションが展示された。
諸外国同様に自走発射機(自衛隊での装備名称は「多連装ロケットシステム 自走発射機M270 MLRS」)、指揮装置(同「多連装ロケットシステム指揮装置」)、予備弾薬車(同「多連装ロケットシステム弾薬車」)で構成されており、自走発射機はアメリカ他と同じ装軌式車両をライセンス取得の上陸上自衛隊向けに細部の仕様を変更したものが生産されている。日本で生産された車両は前部のライト類の形状が異なり、右側のライト下に有線通信用端子が備わる。アンテナはデータ無線通信用と音声無線用アンテナからなる。価格は1両約19億円で、陸上自衛隊の甲種装備で最も高価な車両になっている[1]。 指揮装置には大隊指揮装置、中隊指揮装置、小隊指揮装置、各指揮装置データ伝送装置の各種があり、シェルター式のものを73式大型トラック(3 1/2tトラック)に積載して運用される。弾薬車には74式特大型トラック(7tトラック)にクレーンを装備した車両が用いられている。
自走発射機車両はライセンス生産だが、ロケット本体はアメリカからの対外有償軍事援助で調達している[1]。 陸上自衛隊ではクラスター爆弾搭載型ロケット弾M26と、演習用訓練コンテナM27、訓練用ロケット弾M28を調達していた。しかし「クラスター弾に関する条約(オスロ条約)」に日本が署名する見通しとなった(2008年12月に自民党麻生内閣の中曽根弘文外相が署名)ため、日本政府は条約で定義された禁止対象に該当するM26などのクラスター弾頭のロケット弾を、条約の保管期限までに廃棄する方針を決めた。条約は2010年8月1日に発効し、旧保有国の暫定措置として禁止対象のクラスター弾の保管期限は原則として条約発効後8年とされた。代替ロケット弾として平成20年度予算から単弾頭のM31GPS誘導ロケット弾の調達が開始された[7][8][9]。
日本国内では、北海道矢臼別演習場のみ実射を行うことができる[注 1]が、MLRSの長い射程を発揮できる演習場がないため、アメリカのワシントン州にあるアメリカ陸軍のヤキマ演習場に90式戦車などと共に車両を持ち込んで演習を行っている。
オスロ条約締結に伴い必要性が低下したとされており、2022年12月16日に策定された防衛力整備計画において、2029年度までに用途廃止が見込まれている[10]。後継装備品は検討しないとしているが、MLRS配備部隊には島嶼防衛用高速滑空弾(30大綱では2個大隊規模を予定)の装備が予定されており、長射程ロケットの役割が引き継がれると考えられる。
予算計上年度 | 調達数 |
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平成4年度(1992年) | 9両 |
平成5年度(1993年) | 9両 |
平成6年度(1994年) | 9両 |
平成7年度(1995年) | 9両 |
平成8年度(1996年) | 9両 |
平成9年度(1997年) | 9両 |
平成10年度(1998年) | 9両 |
平成11年度(1999年) | 9両 |
平成12年度(2000年) | 9両 |
平成13年度(2001年) | 9両 |
平成14年度(2002年) | 3両 |
平成15年度(2003年) | 3両 |
平成16年度(2004年) | 3両 |
合計 | 99両 |